庄内竿とは、山形県庄内地方で伝わる伝統的に磯釣りで使われ、主にクロダイ狙いで使用されている竿。
ご存知の方も多いことでしょう。
20年くらい以前に私はその「庄内竿」を知りました。藤沢周平著の作品の多くに出てくる架空の藩「海坂藩」にも釣りの話が出て来たようです。まさに、その海坂藩そのものが庄内藩と山形県鶴岡が舞台だったのですから当然なのでしょう。
歴における庄内藩の磯釣りは、武士の嗜みとされていて、藩が藩士の「釣道」を推奨し、釣りの勝負もあったとされています。なんともはや、ある意味うらやましいもののような気がしますが、釣りで負けるとたいへんなことになるような気もします。名竿は名刀より得難しと当時言われていたという文献が鶴岡の博物館に残っているそうで、どうやらこの「釣道」は、単なる釣り好きとは、雲泥の差です。
ちょうどその頃に「藤沢周平著」を随分と読んだのですが、その舞台となった「海坂藩」である庄内地方が随分と気になったものです。古い友人に鶴岡の人がいて、冬の厳しさと言ったらそれはすごい冬を過ごしたものだと聞かされた覚えがありました。そうでしょう、東北の日本海地方ですから、まさに冬を越えるというものでしょう。行ってみたい見てみたいと思っても、関西在住者にはとても遠いところでした。
それが、仕事の転勤で東京赴任になったのです。それでも、山形県鶴岡市は遠かったですが、2005年10月に山形市に出張ができたのが、この竿との縁結びだったようです。山形市で仕事を終え、仙台から帰京のルートでしたが、金曜日でしたので翌日に鶴岡へ出向くことにしました。念願がかないました。
翌日、鶴岡市のときわ釣具店に午後着きました。当時、すでにこの釣具店だけしか庄内竿を作っていないと聞いていましたが、あれから14年です。ご主人は今もご健在ならばと、懐かしく思います。
お店に入ると、お店の奥が竿の製作場所になっていて、多くの材料となる竹が並んでいました。訪ねるまでは、「見てみたい」で見るだけのつもりで行きましたが、見てしまうと「欲しい」に気持ちは変わってしまいます。手作りの和竿は、欲しいからと購入できる価格ではないでしょうし、既製品があるのではなく名人がこれから作られるオーダーメイドで簡単にいかないです。
漆の木箱に入った「タナゴ竿」ではないですが、実用ではなく所持することの楽しみでしょう。誘惑には負けるようになっていて、注文をしてしまいました。当時は、うれしいものの、ちょっと気がとがめたようなところもありましたが、今では宝物ですね。
伝統的な庄内竿は、1本の延べ竿でした。3間(5.4m)も4間(7.2m)もある長いサオをお侍さんは担いで、釣りに行かれたようですが、現在では、何本かのつなぎ竿になっています。注文したのは、クロダイ釣り用の長サオではなく、それより細身のメバル用でした。私のイメージは、この竿と木製のエビ箱を持って、地元二見港の石積み護岸でメバルを釣ってみたかったのです。
待つこと1か月近くで送られてきました。
2間(3.6m)のふわりとした胴に乗る調子の竹のしなりです。この柔らかいしなりに魅了されたようなものです。庄内地方で苦竹と呼ばれる竹を燻して磨く作業を繰り返しで作られますが、竹素材のままです。糸が巻かれているわけではなく、もちろん漆も塗られていませんので、質実剛健な見栄えですが、質実柔和な竿です。
この竹を燻して磨かれた飴色の色合い、何も塗っていない風合いが、好きです。
現代では、リールシートが取り付けられ、延べ竿の時代とは変化してきていますが、ほぼ竿尻に近くがリール位置になりますので、竿全体のしなりを感じることになります。
このリールシートの少し先の部分の穴から竹の中を道糸が通るようになっています。
サオは3本つなぎで、金属をジョイントに使用していますが、竹に螺旋を切ってねじるようにしています。フーンと唸るような細工がされています。
穂先は、ごく細い竹の空洞から道糸が出るようになっていて、その周囲には細い糸が巻かれ、竹が割れるのを防いでいます。魚を取り込むのにリールを巻くのではなく、あくまでも道糸の長さ調整のための中通し竿なので、これで良いのでしょう。
2間竿でこのしなやかな調子が出るのですから、4間竿で年無しのチヌを釣ったらどんなサオのしなりを見せてくれるのでしょうか。最近の船釣りやボート釣りでは、パワフルなショートロッドが主流ですし、長いサオを必要とする釣りでも、しっかりとした腰や胴のパワーがある現代のサオですから、この違いは大きく感じます。
現代のカーボンやグラスファイバー素材で、庄内竿としてシマノと宇崎日新のラインナップが続いています。チヌ釣りに使われる方々がいらっしゃるのでしょう。1700年代初めに庄内地方の記録にあるそうですので、300年以上も営々脈々と伝わり、現在においても「庄内竿」というジャンルがメーカーで販売されているのは、たいへん立派なことでしょう。
ところで、何か怖くて、もったいなくて、折れたらどうしようなんて考え、まだこれでメバルは釣れていません。しっかりと釣らなくてはと思いますが、二の足踏んでいます。ジギングロッドやブリ狙いのパワフルなロッドをまだ振り回していて、庄内竿の繊細な釣りには、もうしばらく時間がかかりそうです。年月を経たら、石積み護岸の中小型魚と遊びたくなり、木のエビ箱持って、この竿で釣るのでしょう。大事にしておく、貴重な私の宝物です。
ところで、鶴岡行きは、夕方仙台から動き始め、東北地方を太平洋側から日本海側への移動の途中、その晩は鳴子温泉の古びた旅館を予約していました。旅館というより古く昔からの湯治場の宿屋でした。木製の窓は隙間風の入るような古い建物でしたが、この宿屋には泉源が4つもあり、黒、白、金、無色の温泉があり、貴重な体験ができたおまけまでつきました。ローカル線のディーゼル列車に乗り継いで「庄内竿」に会いに行きました。たぶん、再び訪れるのが容易ではない庄内地方ですが、この竿を持っている限り、海坂藩が近くにあるようです。